送る者の物語

正面
右側面
上面
資料名土笛 -動物形土製品-
見つかった遺跡函館市庵原町 女名沢遺跡
大きさ5.8㌢×3.3㌢×3.4㌢
時期縄文時代晩期(今から約2,500年前) 

市立函館博物館蔵

送る者の物語

 愛らしい形の立体物です。「これは動物形ですよ」というと「何の動物ですか?」とか「どこが似ているのですか」、「どうしてそう思うのですか」といつも言われます。「解答を聞かれる」といったほうが良いかもしれません。これがかなり苦しい。自分が作ったものならなんとか言い訳もするのですが、「縄文人がこしらえたものに責任は持てないでしょ」という声が見え隠れします。動物形と発言した本人の望む回答が出てくれないと思わず身もだえしてしまいます。人類の説得は難しい。石倉貝塚で見つけた動物形を検討委員会で報告したときも、顧問の先生方は「狐か」とか「イヌだろう」と賛同をいただけず、かといって否定も出来ず、大切な会議の時間を浪費しただけでした。動物形は、まず作品に写実性が求められるのだと。作り手が評価に耐えうる力量を持っていれば良いのですが、残念ながら必ずしもそうではありません。中にはすさましいモノもあります。評価される側としては、見る人の数だけ答えがあってしかるべきこととも思うのですが、作り手の意を汲み、なるべく正当に評価がしたい。それには沢山の例を見比べて検証し、浪漫と思い込みを少しずつ排除しなければなりません。掘った者の贔屓(ひいき)目で「先に言った者勝ち」では縄文人の味方にはなれないのです。                                                   

 この製品は小さい。子供が合わせた両の手のひらにすっぽり入ります。子供用なのでしょうね。手の小さな女性用の可能性もあります。内部とつながる外からの穴は一つ、それは頭頂部にあいています。

 「楽器」と見るべきでしょうか。「楽器」とするなら「吹き口」と「指穴」があって、はじめて音色が変わります。博物館にある石笛といわれる資料にも吹き口と指穴があります。垣ノ島遺跡から発見された鳥形土笛も同様です。そうだとするなら、この製品は「ホイッスル」とでも呼ぶべきでしょう。大人ならば、左の手のひらの上に右手を重ね、左右の親指をピタリとくっつけて息を吹きつければフクロウのような音が出ることを知っています。この土製品はその延長線上にあります。

 共鳴する中の広さを確かめるために目盛りをつけた竹を吹き口から入れてみると、器壁の厚さは2~3㍉で、中は空洞でした。

 この動物形は、胴の下に前に向かう足が2つ見えています。身体は流線形で、頭と胴体にはクビレがありません。頭部の脇には左右に突出した部分が2箇所、耳でしょうか、目でしょうか。表面には、胴部下に2本の線が横に巡り、頭部にかけて分銅形の充填文様が描かれ、孔に近いここが正面であると教えてくれます。表面が黒く、濡れ色をしているのは、素焼きした後に何かが塗られているからと思われるのですが、薄く均質で良くわかりません。強度と手触りのためでしょう。でも所どころ劣化し、使用感が感じられます。

 この土製品を理解するヒントがもう一つ。この時代、道具は壊れるまで使うのが普通で、使って壊れると、直すか捨ててしまいます。壊れていないということは、使う頻度が少なかったか、壊れていないものを土中に埋納したか。事情がなければ壊れずに残るのは難しいでしょう。また、廃棄場所から発見されるモノのように土圧によるひび割れもありせん。海獣の形をまねた希少性抜群のこの土製品は、死者への送りの品だったとみられます。昭和57年に、秋田県三種町高石野遺跡からヒレ状の前肢が付いた海獣形を含む4点の土笛が発見されたことがありました。縄文時代、地域と時間は限られてしまうかも知れませんが、特定の動物が彼らの死生観のようなものにも関係していたのではないかと思っています。この笛は、はたしてお別れの時に吹かれたのでしょうか。その時、どんな音色が響いたのでしょうね。

(日本考古学協会会員 佐藤智雄)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です