伝説はどっちだ

獣面突起 (栄浜遺跡)八雲町教育委員会蔵
クマ意匠付土器(石倉貝塚)函館市文化財課蔵 意匠部分
獣面突起 (日の浜遺跡)市立函館博物館蔵
資料名動物意匠付き土器・獣面突起
見つかった遺跡栄浜遺跡 獣面付円筒上層式土器 八雲町郷土資料館蔵
石倉貝塚 クマ意匠付土器 函館市教育委員会蔵
日の浜遺跡 獣面突起 市立函館博物館蔵
時期縄文時代中期から晩期  今から約5,000~2,500 年前

伝説はどっちだ

 秋になりました。里近くにクマの姿を見かける季節です。メディアにも良く登場するようになりました。クマが。ある年の8月に入った頃、大船遺跡の近くにクマが出たとの目撃情報があり「すわッ!」とパトロールに出たのですが、地元の方の「魚来てっかどうだか見に来たんだべさ」の話に納得、この川は鮭がのぼります。仕方がありません。

 北海道へ渡って来て驚かされた資料の1つが、八雲町栄浜遺跡から発掘された土器を見せられた時でした。外側から見ると普通の土器。円筒上層式の口縁部の大きな破片です。くるりと内側にひっくり返してみると、そこには「クマの顔」がありました。漫画で描く「クマさん」ではなく顔が細くて(はな)(ぱしら)の長い、耳の小さな野生のクマ。しかも円筒上層式土器は4つの区画文様が巡るので、きっと4つの突起に4頭のクマが向かい合わせにつけられたまるでメリーゴーランド。なんて贅沢な。しかも、土器の文様や製作技術に違和感のない技量で作られています。動物形の調査に行った筆者に、当時八雲町の先輩学芸員だった三浦孝一さんが「これはどうかな」と声をかけて見せてくれたのですが、驚きでした。

 八雲は「木彫りのクマの発祥の地」ですが木で彫られていないクマがそんなにいる場所とは聞いておりませんで、この土器を見ながら「遺跡の調査をしていて、お昼休憩になって地面から顔を上げたら、調査区のすぐ側をクマが通って行った足跡が残っていてサ、それなのに誰も気がつかなかったんだよね」という逸話を聞いたときには、それがクマの伝説として語られていたとしても、作業員さんの伝説だったとしても、北海道(ここ)は違う所なんだと感心したことを憶えております。作業員さんは発掘に集中していて、クマには興味がありません。クマも土器や石器には興味がなかったのでしょう。だって食べられないし。

 石倉貝塚の土器は、方形の鉢形です。この土器は十腰内Ⅰ式とよばれ、外側にとてもきれいな入組文様が施されるのですが、形式の本拠地ではないこの地の土器は、子供が描いたのかとでもいいたくなるほど不可解で稚拙な文様がつけられます。口縁についていた小さな豆粒は動物形で、鼻の長さからクマの頭と考えました。長さ2.2㌢・幅1.7㌢・高さ1.1㌢、意匠の直下には穴が2箇所あけられています。普通の土器ならば「補修孔」とするのですが、石倉貝塚は集団墓地、日常生活では使われないものが想定されました。「この穴に紐をとおして持ち手として使ったのかも知れない」。お参りに持参して、帰りに廃棄したならと土器の反対側を懸命に探したのですが、見つけることは出来ませんでした。クマの飾りがついたバスケット。持ち手はアケビの蔓、中にはクリと森のキノコ!なんていうのはいかがでしょうか。

 日の浜遺跡の動物形は、研究室のキャビネットの中で出会いました。目録には特記事項などはなく、ぽつりと。

 特徴はスッと伸びた鼻っ(ぱしら)と先端にあけられた二つの鼻腔です。頭頂部までステップがなく、実際ヒグマを見たことのある人が作った、そう思わせるほどの写実性があります。頭から伸びる長い首と大きく広がる肩は、大きな胴体を想像させ、迫力満点です。丁度肩に当たる部分が直線的に切れていて、断面が薄く作られています。そう、この資料も土器の口縁につけられていた動物形、獣面突起と考えられます。

 時代の異なったこれらの動物形に共通するのは圧倒的な数の少なさです。海峡南岸の川原(かわはら)(たい)遺跡(青森県西目屋村)からは、獣面と人面が一つの突起になった物も発見されています。まるで、人と獣が一つに溶け合った不思議な生き物のようです。しかも獣は数種。ヒトとして生まれた魂、動物として生まれた魂。生きる形は違っても魂の重さは同じことに気がついていたと思われます。獣面突起のついた土器は、関東、甲信越で妊娠した人の調理など特殊な用途にだけ使われていることが知られています。新たな魂を守るのが、突起に付けられた獣面の役割だったのでしょうね。しかし、海峡北岸の資料には、使用の痕跡がほとんど見られません。お守りでしょうか。本州からのギフトでしょうか。いえ、作り手はヒグマを知っていたり独特な入り組み文様をつけるこの島(道内)の人です。

 これは、北海道の人と動物との関係で創られたものとみてよいでしょう。動物形の役割とは何でしょう。人は集団となってクマを狩り、陸の動物の頂点に立ちます。勝った代償に本来の陸の王であるクマを敬い祀ります。クマは海峡北岸の人が関わって上下を決めなければならない最大の相手でした。関係が定まるとクマはこの地域のステイタスに変わります。この獣面突起は、互いを尊重し合う人と動物の関係を知るよい手がかりなのだと考えることができます。

(日本考古学協会会員 佐藤智雄)

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