小さな村の小さな祀り

ミミズク形土製品 正 面
同 背 面

資料名ミミズク形土製品( 鐸形土製品 たくがたどせいひん
見つかった遺跡函館市古武井町 古武井9遺跡
大きさ高さ5.5㌢×幅3.8㌢×2.5㌢
時期縄文時代後期初頭 今から約4,000年前

市立函館博物館蔵

小さな村の小さな祀り

 製品が発見された古武井9遺跡は、1985年に恵山町と名前を変えた旧尻岸内町と旧椴法華村との境、標高44㍍から47㍍の山中にありました。秋には鮭が川を遡上する古武井川支流の逆川(さかさがわ)のほとりにあり、昭和58年、国道278号線の改良工事の際に発見されます。まことに小さな遺跡で、1万点あまりの土器や石器などの遺物と竪穴建物1棟、土坑が2基発見されただけでした。

 この調査で発見された竪穴建物は小型の住居で、「柱の穴も1本だけ」と簡単な造りです。竪穴は蛇行する川に突き出た台地に位置していたことから、秋鮭漁に関系する「見張り小屋」、あるいは「狩猟小屋」の可能性が考えられています。この竪穴の近くからミミズクの形をした土製品が発見されました。

 土製品は後期初頭から現れる鐸形(たくかた)の製品に分類されます。形は小さな鈴か風鈴のようで、つるすための小さな「(ちゅう)」と、ぐい飲みのような「()」からできています。弥生時代以降に現れる楽器にとても良く似ていることから「鐸」という名前でよばれていますが用途はまだよくわかっていません。

 この土製品が注目されたのは、その「愛らしい形」からでした。頭部の先端二箇所に突起のある独特なこの形は、他に例があまりありません。

 縄文時代、土で作られる製品の代表は土器です。この土器というものはたくさん作る必要があり、複数の人が集まって共同で製作するといわれています。共同で使うためにはそれなりのクオリティが求められ、同じような大きさや形状で同じような文様がつけられます。同じようなものを作るように心理的に誘導されるといったほうが良いかもしれません。その結果、さほど突飛なものは作られにくく、淘汰されやすい環境にあるといえます。

 鐸形土製品の特徴は、墓の周辺から発見されることで、そのため葬送儀礼とのかかわりが認められています。さらに、鐸形土製品はとても個性的です。1つの遺跡から発見されるものを比べてみても、大きさ、形、文様など同じ作りの物はほぼみあたりません。共同墓地だった石倉貝塚という遺跡では、90点をこえる鐸形土製品が見つかったのですが、同じ形や文様の物は1つとして見つかりませんでした。ということは、作り手が思い思いにデザインしてそれぞれが別な場所で作って持ち寄ったものと考えられるのです。縄文人一人々々の感性が直接反映していた製品といって良いでしょう。

 この製品で最も気になる部分は頭部にある作り出し、ミミズクでいうなら特有の「羽角」部分です。現状は「羽角」部分の上半分は欠けていて、開けられた穴が溝となって、ここにヒモをとおして下げていたことがわかります。膨らんだ胴と少しすぼまった裾、胴には線により三角の「羽」や、曲線によって「縦班」を描き表しています。体部の文様ですが線を描いて、その線描きを強調するように突刺(つきさ)しで出来た点列の文様で、ミミズク類らしい形を強調しています。中央の上部には羽角につながる文様が線で描かれ、突き刺しで強調されています。この表現は裏面には見られません。これで正面(顔)をあらわしていると思われます。この製品を作った縄文人の発想と工夫は中々のものではないでしょうか。この資料は、かつて恵山の麓にあった恵山郷土博物館に展示されていた資料でしたが、閉館に伴って現在は市立函館博物館で活用されています。

 最後に、この遺跡の発掘担当者が報告書の中で「ミミズク形の土製品、想像をたくましくすることが許されるならコタンコロカムイの原形といえるのではないか」と結んでいたことを書き添えます。

(日本考古学協会会員 佐藤智雄)

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