
| 資料名 | x 字状土偶 |
| 見つかった遺跡 | 北斗市 久根別 遺跡 |
| 大きさ | 高さ12㌢×幅9.2㌢ 厚さ1.7㌢ |
| 時期 | 縄文時代晩期(今から2,500年前) |
市立函館博物館蔵
縄文人お気に入りの文様
今日ご紹介する土偶は北斗市の久根別遺跡から出土した資料です。背面に「1.久根別 昭和6.4.19日」と書かれたラベルが貼られています。1は発見された遺跡名、日付は発見された日時。このラベルは現在の博物館ができる以前に資料を管理していた函館図書館時代に収集された考古遺物に貼られていたものです。岡田健三さん始め、写真でしかお目にかかることができない函館考古学会のメンバーが発掘・収集した、まさに函館の「考古魂」とでもいえる資料です。現在は市立函館博物館が所蔵し、展示活用しています。
この土偶は、全体の形から「x字状土偶」とよばれます。高さは12㌢と、このタイプの土偶としては大型で重量もあります。「C」字を背あわせに組み合わせた形、アルファベットの「x」という字に形がとてもよく似ています。亀ヶ岡文化圏では、まるでキャラメルのおまけについてくるようなこの形の小型の土偶が沢山発見されています。他にも土器や土偶、装飾品にみんながとても良く使っています。縄文人はこの文様が好きだったんですね。
今日ご紹介する土偶は大型で、くびれた胴が握りやすく、赤ちゃんやほかの誰かに向けてクルクルと振り回すには、とても具合が良い形をしています。そうかと思うと土偶の胴部から伸びた四肢の端々にも、晩期の土器の口縁のような飾り文様があり、例えると社寺建築に使われる雲形を立体的にあらわしたようにも見え、霊力を持った仏具の独鈷のようでもあります。欠けて失われている部分もありますが、この四肢には身体の形をなぞるように線が引かれ、土偶全体のフォルムが強調されています。まっすぐ伸びた胴体の上部には猫の肉球のように盛り上がった頭部の形はまるで獲物を狙うイソギンチャクのようです。腹側、背側ともに平たく厚みがあって、腹側の胸には、後付けされた乳房の剥落痕が2箇所みえています。剥落痕の真ん中から下腹部に向かい、連続した突き刺し文様で表現された成長線が現されています。形は変わっていますが、ちゃんと土偶に使われる約束事を守っています。流行・廃りがあるとはいえ、本音を言えば「どうしてこんな形のものを作ったんだろう」とも思いました。抽象と装飾が過ぎて、分類に困ってしまいます。この「C」字あるいは「x」字のモチーフは土器に描かれたり付けられたりする文様にも使われます。鉢形や皿形土器の口縁部にはウサギの耳のように土器から上に突き出して、台付鉢形土器はカブトムシの角のような飛び出しの先端にもつけられます。
この土偶のもう一つの特徴は土偶を作った「土」です。欠けて壊れている腕や胴部の断面を観察すると、真っ黒で細かな土が使われていることがわかります。ねっとりした混じりけのないこの土は、日常品には決して使われることはありません。この村(久根別遺跡)で土偶を作るために選ばれた土といっても良いでしょう。土偶の焼き方もかなり丁寧です。
「x字状の土偶」は顔のない土偶のとしては最後の土偶となります。本州の西側(西日本)では、すでに弥生時代にはいっている時期なのに、岩手県の沿岸部から北ではヒトガタの像がまだ作られ続けてゆきます。
やがて、弥生文化の影響で、土器の形や文様も変わり、稲作が間近まで入ってきても、津軽海峡の北岸では、縄文以来の狩猟文化の伝統が残され、弥生文化と共存した続縄文文化が展開します。この地域は縄文時代の始まりから、続縄文文化期まで狩猟にこだわって、縄文の系譜を引き継いだ土地でもあるのです。
「x字状の土偶」は顔のあるヒト形の土偶と対照的に、ヒトではないモノ(空や風、火や水、など自然界の森羅万象やその力)のシンボルとして、表現され続けてきた最後の象徴なのかもしれません。
(日本考古学協会会員 佐藤智雄)
函館の縄文を旅する物語
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