避けては通れない「彼」のお話

石倉貝塚 陽根状石器
八木A遺跡 陽根状石器
女名沢遺跡 陽根状石器

資料名陽根状石器
見つかった遺跡函館市尾札部町八木A遺跡、石倉町石倉貝塚、庵原町女名沢遺跡
時期八木遺跡 縄文時代前期中葉(約5000年前)
石倉貝塚 縄文時代後期初頭(約4000年前)
女名沢遺跡 縄文時代晩期中葉(約2500年前)

避けては通れない「彼」のお話

「彼」にはいろんな呼び方があります。「彼」と云うからには生物学的な分類では男性です。石棒、陽根状石器、男根状石器。「これは彼である」と解釈する側の問題でもありますが、縄文時代の遺跡からは疑似製品を含め、わりと良く目にします。「彼」は男性の身体の一部をまねて、あるいはそれと想像のつく作りをしています。

「彼」が遺跡からみつかると、現場はとてもにぎやかになります。作業員さんは休憩時間など、入れ替わり立ち代りやってきて「どれどれ」と眺めていきます。中には手にとって観察したりして「さっ・・・さわっちゃダメ!」。たまに匂いを嗅ぐ方も「かっ・・・嗅いじゃダメダメ!」。当時、作業員さんたちは、筆者よりほとんどの方が年上で、人生の達人ばかり。先輩方はかなりの達人なので色んな事に寛容なのです。筆者は静かに声をかけます。「気をつけて取り扱ってくださいね」とか「縄文人の気持ちが込められています。笑ってはいけません」とか、分かりやすく共感を得られるように説得します。しかし、ほとんどの方は「笑ってない」といいながらの笑顔です。

 「彼」らは旧石器時代後期や縄文時代草創期の遺跡からも見つかっています。時代は特定できませんが、函館で一番有名なのは谷地頭温泉のお社に鎮座している巨大な「彼」でしょうか。

硬軟さまざまですが、全体を整形するためか、材料には柔らかめの石材が使われます。手頃な大きさのものを選んでいると考えた方が当を得ているかも知れません。長軸方向には製作時の擦痕が多く残っています。つまり、断面の形状が大切だったのですね。時間をかけて加工されています。一方の先端中央には孔があけられることから、前後の判断は比較的容易に出来ます。それによるならば、先端は太く、根元側がやや細く作られているでしょうか。先方の形状にも気を配っています。石倉貝塚から出土したものは、シルト岩製。縦と横に交互に1本ずつ線を引いて市松状の文様がつけられています。これは飾りですね。賑やかに飾り立てています。女名沢遺跡のものは泥岩製。頭部の先端中央に縦線が1条刻まれ、中心には穴が開けられ、長軸方向には整形痕が細かく残ります。作りは念入りですね。頭部に2条、中央に1条、尾部に4条、合計7本の線が巡っていますが、端に2条ずつ、真ん中に1条の刻線は、骨角器の針ケースや装飾品にも見られる縄文人の好む文様。これも飾りといって良いでしょう。八木A遺跡のものは、一見とてもリアルですが、どこも壊れてはいません。先端は細く頭部も丸みがあって結構見事に作られています。様々なものを観察して気がつきました。これは子供のモノがモデルになっているのだと。だから笑えるし、可愛い。

なぜ作るのか。何のために必要だったのか。人類の根源的な問題とおっしゃる方もいらっしゃいますし、そのような意味合いで作られたものもあるのでしょう。しかし、動物形土製品のように縄文人が具体的な形を伴うものを作る時には意図があります。「彼」らに共通する特徴は、何より壊されていないことでしょう。願いの対象や供儀の代償として作られたものではありません。そして綺麗に飾られていること。となると、これは感謝の形なのではないかと考えを進めることができます。

縄文の人たちも現場の作業員さんたちも、感覚はあまり変わらないのではないかと思ったりします。性別はおろか、年齢さえも超えて。みんなでにぎやかに「アハハ、オホホ」と。男の子が生まれたのでしょうねきっと。感謝を込めて、おじいちゃんが作ってご先祖様に報告、そんな感じなのかな。 

(日本考古学協会会員 佐藤智雄)

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