器を守る精霊の顔

人面付土器

資料名人面付土器
見つかった遺跡函館市 桔梗町 サイベ沢遺跡(北海道指定史跡)
大きさ長さ8.6㌢
時代縄文時代 中期後半 (約4500年前)

市立函館博物館蔵 北海道指定有形文化財

器を守る精霊の顔

 1980年から90年代にかけて、(ちまた)には「口裂けオンナ」が学校や街中(まちなか)にあらわれるという都市伝説がありました。後ろ姿はオネエサン。振返った顔は・・・。仙台・東京・青森・函館と時々の任地は変われども、どこの町に移り住んでも子供たちのささやきとともに、伝説は追いかけてきました。ムジナやノッペラボウのように私たちがよく知らない何かは、いつだって人の心の隙を突いて登場してきます。神経が鋭敏だった子供の頃、暗闇は本当に怖かった。それは生き物としての本能でしょうか、それともヒトがさまざまなモノと渾然一体となっていた縄文の頃の原体験なのかもしれないと思うことがあります。

 土器は土器でしかありません。しかしこの資料のように、人面が付いたとたんに、大きく意味が変わったとみえるものもあります。顔はヒトを認識する象徴的な部分です。土偶の持つ意味を考えてみるために、人の顔が付けられたものに少し目を向けてみましょう。

 人面や獣面(じゅうめん)などが器に付けられる例は関東や東北では早期の終わり(7,500年前)から登場します。国内では関東甲信を中心に出産を再現した土器や、カエル・ヤモリがデザインされたものなどが有名ですが、北海道ではほとんど例がありません。サイベ沢遺跡から発見された人面付き土器は、現在道内では最も早い出土例といえるでしょう。この後、津軽海峡の周辺では後期初頭に狩猟紋土器とよばれる人面や人体文、弓矢、イノシシ(動物)などがつけられた土器が津軽海峡を挟んだ両地域に登場します。

 この顔は土器本体とは別に作られ、アップリケのように貼り付けられた状態で焼き上げられています。土器は一度で焼き上げられることから、製作者は初めから「顔の付いた土器を焼こう」と思って作っていたことがわかります。土器が作られたのは文様の特徴から今から約4500年前の縄文時代中期の後半、口縁のごく近い部分に顔がつけられています。逆三角の素朴な顔に眉と目・鼻・口。目は横からあけられているために 正面から見ると、深みが出て底が見えません。口は横上からあけられ、口角が上がって笑顔に見えます。アスファルトかどうかの確証はありませんが拡大してみると目と口の奥には真っ黒な付着物が残っています。さらに左目と右眉にオレンジの朱彩痕が残っていて、先に見たサイベ沢遺跡の土偶と作り方がにていることもわかります。 

 この土器は、器の形や使われている文様からこの地域で作られたものと判断できます。器地に縄目の文様をつけ、工具を使って二本一組の線で文様を引き、粘土のヒモで土器の縁や文様の形を貼り付けて強調する。人面もこの地の土偶の顔と共通性があって、地元で作られたものとみて良いでしょう。

 時代は違いますが良く似た意味合いの資料に土器の頂部に獣面のついたもの(八雲頂栄浜遺跡ほか)や土器の文様が人面に見えるもの(福島町館崎遺跡など)がありいずれも縄文中期に入ってからのものになります。

 国外に目を向けると器に顔が付けられる例に、中国の殷周時代の青銅器があります。顔が付けられた容器はその中にありました。顔が付けられているのは「饕餮(とうてつ)」です。饕餮は中国神話に登場する妖怪で、平和を乱し、人を食らう魔獣でしたが、「(しゅん)」という伝説の帝と戦って敗れてからは安泰の世を作る霊獣となります。この饕餮が文様としてつけられるのは相手をもてなす最も重要な「酒」を入れる器でした。

 土偶の顔は饕餮文とは似ても似つかないものですが、縄文人はWord Wideです。ゆっくりと時間をかけて隣の国の物語を伝え聞く事だってできたはず。

 この土器は マレビトや 特別なお客様に食事を出す場面で、お酒の入れ物として、あるいは醸造する容器として使われたのかもしれません。

 注目したいのは、仮にこの土器の用途が特定されていたと推測するならば、あらかじめ用意されていたということです。いつぐらいに使うという時間的な検討。どのくらい使うという量的な予測、そして、どのような目的に使うという将来的な展望を備えていたことになります。食糧がまかなえることを前提に、彼らにはすでに次の発展を想像した暮らしをしていたということが出来るでしょう。

 お客は聞くでしょう「この顔は何だ」。そしてこの話はよその地域でも広まります。土器があまり汚れていないのは、たった一度の役目を終えて壊されたからではないでしょうか。ベロベロになって帰り、家の中の「口裂け」に投げつけられたのかもしれません。

 (日本考古学協会会員 佐藤智雄)

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